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今週のモデルライフ 2010年12月20日 

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蒸気機関車の軸配置のうちで, 4-4-0というのは、私にとっては特にそそられるものです。高校生の折、東武鉄道で最後の現役4-4-0の稼動を見ることができたせいもありましょうが、最初にその華麗さを意識して見たのは、ディズニー映画の「機関車大追跡」でした。

この物語は南北戦争のさなかの史実です。南北戦争というのは歴史上初めて鉄道が戦略上の役目を果たした戦争でしたが、南部連邦側のウエスタン・アンド・アトランティック鉄道というのを破壊してアトランタへの補給の動脈を絶とう、と、北軍側がゲリラ部隊を送り込みます。

たまたまある駅に停まっていた「ゼネラル」号という4-4-0の牽引する貨物列車を奪取して、これで鉄橋や電信設備を破壊していこうとするのを。南部側の勇敢な駅員が「テキサス」号という,これも4-4-0で追跡し、ついに北軍側の作戦を半ばで阻止することに成功する、という話で、南北どちら側でも英雄物語として語り継がれていたのを、ディズニーが映画化したものでした。

小学校の2,3年ごろであったか、父がこの映画の封切りに連れて行ってくれて、そのとき初めて大動輪の回転の美しさ、大きく上下するサイド・ロッドの目の覚めるような動き、そしてエアー・ブレーキの無い時代の急停車方法である「逆行停止」=一旦蒸気ブレーキで動輪をロックして滑走させ、すばやく逆転機を倒して動輪を逆方向に空転させ、緊急停止させる、という、ジェット機の逆噴射にも似た、極めて荒っぽい技、の実演を目の当たりにして、たちまち4-4-0の魅力の虜になってしまいました。

あの4-4-0の模型が欲しいものだ、と思っていたところ、しばらくのち、それが米国ではHO製品化されていることを知ったのです。

通った小学校は日本橋の高島屋デパート向かいの「丸善」の真裏でした。「丸善」の中に掛かりつけの歯医者があり、5年生のころ、受験用の補習授業中に予約で通うことになり、そこへ行くついでに1階下の洋書売場で油を売ってくる事を楽しみにしたのですが、ある時見つけた「Model Trains」という雑誌のクリスマス特別号が、クリスマス・プレゼント
用の列車セットのカタログで、そこにあの憧れの「ゼネラル」がオープンデッキの古典客車3輌と共にセットになっているイラストが出ていたのです。マンチュアというメーカーの製品だということも判りましたが、日本には入ってきません。

中学受験の間中、それが欲しくて仕方がなかったのですが、いまのように海外から手軽に物が買える、という時代ではありませんでした。製品はしばらく売っていたのですが、天賞堂などを通じて注文取りができる頃になると、客車の方がウエスタン・アンド・アトランティック鉄道レタリングは絶版になっていなっており、機関車の方はのちにキットで入手したものの、あの特集本のカタログ写真どおりの編成は再現できなくなっていました。

そのうち機関車の方も金型が壊れたのか、絶版になり、客車の方は皮肉な事に車体そのものは連綿と販売は続いていて、もしかすると米国のプラスティック製車輌ではロング・セラーの最高記録ではないか、と思うほど供給が途切れた事がないのですが、レタリングが20世紀にも存続した大鉄道のものばかりに」なって、「ウエスタン・アンド・アトランティック」は全く再生産されないのです。南北戦争の逸話も時の流れとともに忘れられていくのでしょうか?

そんな状態がずっと続いていたのですが、昨年の5月、「ゼネラル」のオリジナルの状態の良いのが、そして今年5月、何とW&Aレタリングの客車が3輌揃って、手に入ったのです!

このところ毎年通っているウエスト・ヴァージニア州のキャス観光鉄道のファン年次大会で、初日の晩に修理工場の中で開かれるフリー・マーケットのことは前にも書きましたが、機関車も客車もそこで見つけました。さすがに南北戦争の地元だけあります。

今年出てきた客車は埃と油煙にまみれてかなりドロドロベトベトの状態でしたが、仔細に点検すると欠けている部分も消えているレタリングも、塗装の傷も無かったので、イの一番に買いました。3輌で15㌦もしませんでした。南部連邦の旗をあしらったシールも3台とも健在です。

「南北戦争」というのは日本の学校が教える「奴隷解放の聖戦」はうわべで、実態は北部工業資本が南部荘園経済に仕掛けた経済侵略、という要素が濃い、と私は見ており、その点では結構、南部贔屓です。

3台の客車は帰国してからJAMコンベンションへの出品作などに追われて、そのままにしていたのですが、先日思い立って分解し、中性洗剤水溶液と古歯ブラシで洗浄してみましたら、見事にオリジナルの色が蘇りました。その車体の黄色と屋根の赤の美しいこと。鉛成分がものをいっているのでしょうが、昔の米国の玩具塗料の堅牢さは大したものですね。窓ガラスも張り替えてきれいにしましたので、窓の中の紙に印刷された乗客のシルエットもくっきりしました。

機関車と客車合わせても35㌦で、全編成でさえ機関車に積み替えたコアレス・モーターの方が高かったのですが、小学生の時の憧れの編成を、半世紀を経てようやく手にすることができ、今年の自分へのクリスマス・プレゼント。「この感動は自分にしか分からないだろう」と、独り悦に入っています。

半世紀以上前に発売された大衆的製品ですが、レイアウトの中に置いてみると、意外にも風格さえあります。結局、模型の美しさって、どこから来るのか、不思議ですね。 

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