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私の普天間問題(6) 

もともと、「自分が頭がいい、と妄信している優等生ぶりっ子の少年」程度の感性でありながら、家名の知名度だけで総理になった(この点は日米戦争を引き起こした近衛文麿と瓜二つ)鳩山首相がボロボロになって退陣した途端、マスコミも多くの国民も「普天間」に飽きてしまったようです。

先の参議院戦で、社民党以外は、どの政党も「普天間をどう解決する」という方針を全く示しませんでした。少なくとも、内閣をほとんど居ぬきで引き継いだ菅直人首相は、まずそれを明確にすべきですが、鳩山少年同様、意気込みがある、というだけで、目指す着地点を説明しようとはしない。

なんといっても、鳩山を迷走させた軍事音痴の北沢を、何のおとがめもなく防衛大臣に留任させている事からして、「日米同盟の深化」など、単なるその場つなぎのリップ・サーヴィスだということが、米国に見え見えです。

あの、地元長野での。当選の表情をみると、緩みっぱなしで緊張感も覚悟もまるで無し、ただ議席にかじりつく事だけが生き甲斐の爺さん議員に日本の国防政策の窓口が任されていることに、国民は不安を感じないのでしょうか?

日米軍事同盟というのは、単なる軍事ではありません。そこに必ず日米経済が絡んできます。そして、米国経済には台湾、韓国、シンガポールなどのマネー、いや中国のマネーもリンクしています。軍事で米国を愚弄しても、経済は別物、などと考えたら大やけどをします。

国民のニーズが景気回復、なら、日米関係への無為無策、あるいは「空威張り」は、かならず経済に跳ね返ってきます。それは先の戦争への道程がしっかり証明しているのに、依然懲りていませんね。

民社党が政権にありつこうとしたとき、「役人任せにしないで全部自分たちが主導する」といっていたのに、国の根幹を左右する日米安保でさえ、鳩山の迷走で行き詰ったら、さっさとと役人に丸投げです。

結局、「極東の海に浮かぶ島国国家をどう運営していくか」について、理念も経営能力もないことがわずか半年で明らかになっている民主党ですが、それでも先の選挙で、まだあれだけの人が投票した、という方が、「大敗北」よりも、私にとっては、はるかに驚きです。
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私が見る「普天間問題」(5)  

鳩山総理は沖縄で記者団に問い詰められ「米海兵隊の存在は、必ずしも抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていた。学べば学ぶほど抑止力(が必要と)の思いに至った。(認識が)浅かったと言われれば、その通りかもしれない」(読売新聞)

結局、あの鳩山と言う男、民主党という集団は、国民を外敵からどう守るか、東アジアの軍事的安定をどう保つか、ということには全く定見も方針も、研究も無く、ただ駄々っ子のように「政権」というものが欲しかっただけだ、というのを、これで白状したも同然ですね。

私は以前から、「民主党」というのは、そういう集団と見破っていました。

北沢という防衛大臣も「海兵隊とはどういう軍隊か」をまるで知らなかったらしい。コーストガードと混同していたのではないか?

そういう連中がいま、日本の運命、東アジアの運命をおもちゃにして居るのです。

いまの学校教育が戦争の悲惨さばかりを教え、軍事の歴史そのものを、大学ですら教えないから、こういう政治家ができるのですね。ある勢力の、学校を左傾化する作戦、というのはかくも成果を挙げているのです。

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私が見る「普天間問題」(4)  

日本国総理大臣といいながら、その実はコメディアン志望かと疑われる、名ばかり政治家の鳩山由紀夫が、よりにもよって、連休のさなか、沖縄に乗り込みました。

わざわざ沖縄県民の気持ちを逆撫でしに、われわれの税金を遣っていったようなものです。こういう飛行機代こそ、母親に出してもらうべきです。

そもそも、国民の祝日というのは、国民を休養させ、くつろがせるためにあるはずですのに。その国の総理が、よりにもとって、ゴールデンウィークの真っ只中に、地元にとって愉快でもない問題で訪ねていく、というのもこの人間の傲慢さを如実に物語っています。

それだけでも塩を撒かれても当然なはずですが‥

いけぞんざいな長屋の八五郎ですら、菩提寺やお得意先を訪ねるには「羽織の一枚も引っ掛けて」出かけます。TPOの折り目が人間としての行動の美しさ、というのを裏長屋までちゃんと理解していました。それが文明というものです。

ましてや一国の総理が、地元に協力を「お願いに行く」のですから、地元はどういう服装であろうとも、開襟シャツの裾をズボンから出した、リゾート地感覚でご挨拶に行くのは、日本の伝統では「敬意の表現」とは受け取れません。

東京の人間がお願いに行くのなら、東京の正装で行くべきです。

周りを固めている警護のSPが一様にスーツ、ネクタイ姿ですから、なおさら首相だけが浮ついているように見えました。

「地元感覚に合わせた親しみの表現」とでも言いたいのかもしれませんが、そうした、うわべだけの迎合主義こそ、この人物の本性で、政治家としての理念、信念、覚悟、というのは、所詮持ち合わせていないのでしょう。

日米安全保障条約の岸信介、沖縄返還の佐藤栄作とは、人間のスケール、「決断」という言葉への重みの感じ方が格段に違います。

「鳩山内閣の普天間問題」で、私がもっとも危惧し、不快にも思うのは、「東アジアの軍事バランス無視」もさることながら、「一国の総理大臣、内閣、というものが、自らの言葉の重みをここまで軽視した例」はかつて無かったからです。

言い放しで責任を取らなくて良ければ、誰もが何の裏づけもなくものをいうようになり、何もが信じられなくなり、契約社会は崩壊します。いや、人間社会そのもの、集団生活そのものが成り立たなくなります。

簡単な話、親が今日もここに住んでいて、蒸発しない、と信じているから、子供はそれを信じて学校へ行くわけです。

「最低でも県外、と言ったのは自分の党代表として発言で、党の公約ではない」というのは、子供が安心して学校に言っている間に黙って引っ越した親が、「今日も前の家にいる、と思わせたのは親である私個人の心積りであって、家庭として約束したわけではない」というのと同じ論理です。

こんな無茶苦茶な言い訳を、一国の総理が平然と口にする、というのは、もはや国家としての信用破綻です。自信過剰もここまで行けば狂気と見なければなりません。

こういう詭弁を「良心的」と勘違いしている馬鹿は一日でも早く、総理の座から引き摺り下ろさないと、子供たちの成育に重大な悪影響が及びます。

鳩山由紀夫のように言葉の重さが理解できなくなるのを「狂鳩病(きょうきゅう病)」と名づけましょう。これが日本人の子々孫々まで伝播、遺伝したら、その恐ろしさは狂牛病の比ではありません。

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私が見る「普天間問題」(3)  

「くそまじめな馬鹿が張り切るほど,始末の悪いものはない」というのは亡父の口癖でしたが、鳩山総理を見ていると、その言葉が今さらのように浮かんできます。

「自分は頭がいい」と信じきっている人間は、常に周りの視線を感じません。周りは自分の言を信じるのが当然と思って生きてきているからです。「おりこうなお坊ちゃん」だと、周囲に誉めそやされて育ってきて、学校の先生の褒め者だったりすると、そういうタイプの錯覚馬鹿が出来上がります。

「いい子ぶりっ子の学級委員タイプ」-鳩山由紀夫、福島瑞穂のコンビを見ていると、ものの言い振りが、まさにそのイメージぴったりです。

しかし,いよいよ,「鳩山さんちのおりこうなお坊ちゃん」も打つ手に詰まってきたようですね.まったく現地も見たことがない,米国の政府高官とも意見を交わしたことがないのに,「平和といえば集まる」選挙の票と,自民党の決めてきたことを見事にひっくり返して喝采を浴びてみたい,というさもしい根性で,「OKINAWA」を見くびったつけ,です.そのうえ「政権の安定」欲しさに,米国とは水と油の社民党を取り込もうと機嫌をとって,どうやって日米安保を深層化できると考えたのか?

それにしても,いままでは自ら動かず,動くとなったら,「県外」どころか,いきなり「辺野古の海へ」ですから,福島女史も舐められたものですね.

「あのきれいな海を埋め立てる訳じゃないから,素晴らしいでしょう」と,自分の頭の良さに酔った,優等生の自信なのでしょうが,だから「まじめな馬鹿は困る」のです.

「杭を打つだけで,海を埋めるわけではないから,美しい海は死なない?」冗談じゃありません.

私はいろいろな趣味に手を染めてきましたが,30代には熱帯海水魚の飼育に夢中になっていました.いわゆる「珊瑚礁の魚たち」です.

そうなると,珊瑚礁を造っているサンゴそれ自体にも興味を持たざるを得なくなるのですが,あの美しいサンゴは体内に共生藻という植物プランクトンを住まわせていて,その共生藻の行う光合成で,自らも生きているのです.

つまり,光が当たらなくなれば,共生藻が死滅し,それによってサンゴも死にます.ですから,鳩山内閣案にように,杭の上に巨大滑走路という蓋をすれば,その下の海は,広大な範囲,海水が流れている,というだけの海となり,サンゴも海藻も死滅した瓦礫だけの海底と化します.サンゴにとって,光は正真正銘,死活問題なのです.

自民党内閣時代の現行案のように,一部を陸地に懸けて,そこに埋め立てを継ぎ足した滑走路建設の方が,埋め立てた部分の周囲に珊瑚礁が再生される可能性が高いだけ,はるかにマシではあります.

ですから鳩山が「杭打ち案」を言い出しただけで「環境にやさしい社民党」福島女史はただちに「連立離脱」を宣言するべきなのです.だって,上に蓋をされれば、岩場ではサンゴ、砂地ではアマモなどの藻場が消えます。藻場が消えれば,それを食って生きているジュゴンも消えますもの.「日本、韓国、台湾の自由主義防衛よりもジュゴンが大切」な福島さん,それでいいんですか!

しかし,所詮はあの,ジュゴン同様,消滅寸前のレッドゾーン政党は「踏まれても、付いていく」下駄の雪でしょうから,これから鳩山,福島,両「優等生」がどういうこじつけを言い出すか,「国賊非国民」としては,「お笑い内閣のハチャメチャ劇場」に期待ワクワクです.

政府への期待がそれに尽きる,とは,まさに「自虐国家」としかいいようがありませんね.
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私が見る「普天間問題」(2) 

私は一般に、日本の「平和運動」なるものを信用していません。それは、常に、自由主義国相手には辛く、社会主義国、全体主義国の軍備膨張、軍事行動には甘い、というか、見ぬ振りをする、というダブル・スタンダードを平気でやっているからです。

たとえば、フランスが核実験をやったから、といって、フランス製品の不買運動はやるが、中国が核実験をやっても、中国製品の不買運動はやりません。それが日本の反核運動の実相です。

本来なら、個人独裁政権、一党独裁政権と核兵器が結びつくのがもっとも危険なはずなのに、そういう国の核兵器開発には何もいわない。太平洋の向こうの核保有には世界平和の敵のようにいうが、日本海のすぐ向こうの核弾頭ミサイルは近所の電信柱ぐらいも気にしない。いや、気にさせないようにします。

きっぱり割り切らないものには苛立つのが、江戸っ子の性分ですから、こういうあからさまなダブル・スタンダードに対しては、どうしても信用できない、「裏に何かある」、と疑わずには居られなくなります。

沖縄の米軍海兵隊は日米安保条約のためだけに駐留しているわけではありません。そのプレゼンスが台湾と韓国の人々の暮らしの安心と、両国と世界各国との間の貿易、国際投資の安心を担保している、という現実を見なければ、沖縄の基地の必要の有無は論評できません。アジアだけでなく、世界における日本の信用の問題でもあります。

米軍基地がなぜ沖縄に集中するか、という問題には「台湾海峡」というキー・ワードが外せません。


沖縄の海兵隊を中部太平洋にまで下げてしまった場合、この「現実」はどう解決するのか、という説明を福島女史は説明する責任があるはずですが、「平和運動家」を自認する彼女の頭の中の世界地図には38度線も、台湾も存在しないかのようです。

いま社民党が移駐を提案しているテニアンは、あの広島原爆の搭載機、B-29の“エノーラ・ゲイ”が発信した島です。当時最新で、高速を誇った重爆撃機B-29の脚でも、テニアンを深夜に離陸して、広島上空に到達したのは朝の8時です。6時間半かかったそうです。

現代の進化したヘリコプターといえども、大型ヘリはB-29より速くは飛べませんから、たとえば半島有事が勃発した際に、沖縄への駐留にくらべれば、半島来着はどんなに早くとも半日、まず1日は遅れます。本格展開となると2日ずれるかもしれません。

米軍首脳が、ヘリだけ、ほかの島へ分散するのさえ拒否しているのは、当然です。地上戦闘員を迎えにいく時間が掛かってしまっては「即時出動」という、海兵隊の特性はまるで失われてしまうからです。

もっとも、日本のマスコミも米軍に「海兵隊」が生まれた歴史的背景や、陸、海軍から独立した存在であることの理由をさっぱり解説しませんね。だから、「普天間」の持つものの大きさが国民にも見えないのです。

現代の戦争において、半日、一日の差がどれほどの被害、損害をもたらすか?沖縄の在日米軍というものは、沖縄の気の毒な歴史とは一旦切り離して、純粋に地政という観点から見ざるをえない、その現実を踏まえたうえの平和運動でなければ、「お坊ちゃんお嬢さんのいい子ぶりっこ」に変わりはありません。

日本の平和運動は、北京と平壌に乗り込んで、それぞれの「武力解放」と「南進」という国是、それに、中、長距離ミサイルの放棄を迫るところから始めるべきでしょう。すぐに具体的成果はなくとも、「姿勢を見せる」ことこそ、信用される第一歩、と私は考えます。

いまは多分に平和的に過ごしているかもしれませんが、3000年の歴史の中でみれば、東南アジア、東アジアの周辺国が超大国中国から受けてきた圧迫感、という永い歴史スパンで見る場合には、経済成長と軍備拡張が著しい中国が、どう変貌していくのかは、「固唾をのんで見守らざるをえない」という世界地図的視野が日本の平和運動にはありません。

それで、「極東から米軍基地を無くせば、アジアは即平和になる」という言い草には、「無知」ではなく、「裏に計算がある」としか、思えません。


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