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江戸っ子流(2)―背筋を伸ばして 

「江戸っ子」という価値観の正体は何か、と考えてみると、行き着く先は、どうも「人間美」というところでしょうか?

「地位や名誉に汲々としない、洗練された生き様」-どうも、このあたりが「江戸っ子」の理想像、ということに落ち着くようです。

自分の地位、名声、学歴(在学中はろくに勉強しなくても)、家柄、実は大したことも無い職業なんぞを鼻に掛けて(その実は、必死にすがって)生きているぐらい“野暮くせぇー”ものは無い、と軽蔑しているのが江戸っ子です。

江戸っ子にとって、何より大切な三大要素は「すっきりしていること」「洒落ていること」「筋が通っていること」です。十か条に整理すれば
1.姿かたちがすっきり見え 
2.立ち居振る舞いがすっきりしており、
3.歩き方がすっきりしていて、
4.着る物、食べるものの好みが洒落ていて、
5.会話の抑揚、話題が洒落ていて、
6.他人の扱い方が洒落ていて、
7.言うこと、することに筋が通っていて、
8.相手に求めるものにも筋が通っていて、
9.喧嘩をするにも筋が通っていて、
10.死に方がすっきりして
‥いれば、まず、満点でしょう。加えて、何をするにも「愛嬌」という余地が残せなければいけません。これが「江戸の粋」です。

江戸っ子にとって、「馬鹿!」とか「貧乏人!」とか言われるのは、さほど屈辱にはなりませんが、「野暮!」といわれるのは、これは正に致命傷ですね。(本当は、ブログなどというものをゴテスケ書く、などというのも野暮の極みなんですけどね)

まあ「野暮」から抜け出せなければ生きている価値は無い!と思っているのが、江戸っ子です。

私も東京・日本橋で生まれ育って、江戸っ子の生き方の三大要素は万人にも共通のものだと固く信じて疑いませんでしたが、世の中に出てみると、ぜんぜんそうではないんですね、これが‥「よく、そんな野暮くさい事を平気でやれるね、言えるね!」と驚くような事例だらけで、こちらが赤面しっぱなし‥

まあ、江戸っ子ほど「すっきり、洒落て」とは要求しないまでも、年年歳歳、「自分を美しく演じる」ということに気を配る日本人が少なくなりましたね。我欲むき出し。だから人に風格が無くなるのです。

まず政治家がそうでしょう。私の知る時代でも、岸信介、池田隼人、佐藤栄作‥あの人たちだって裏ではどんなことをやっていたかはわからないが、少なくとも国民にそれを覗かせなかったものです。「一国の総理」を演じられる人たちでした。

いまの日本の総理はなんでしょう?{ママァ、お小遣い!}の感覚をもろに出して恥る様子も無い。贈与税払ったから、それでいい、というものじゃない。あの総理には「みっともないことはいうな」という教育がされなかったのですね。(鳩山御殿の立つ音羽は江戸では在かたですからね)

小沢の大将も「土地を売ったの、買ったの」と、そういう台所の話が出てきても、まだ政治家でいたい、という妄念、妄執が、江戸っ子から見れば、「シロか黒か」以前に、いかにも野暮ったい。ああいう傲慢さを江戸では「浅黄裏」と呼んだものです。

インテリ層といわれる人たちからも、己に対する美意識が消えました。

一昨年、「新編 新しい歴史教科書」という中学生用歴史教科書の編集と一部執筆を頼まれ、その過程で、保守論壇と言われる世界で名だたる評論家、学者、小説家、弁護士などという人々に付き合いましたが、一皮向けば名声欲の亡者の百鬼夜行で、腐臭ぷんぷん。

自分の名声のためには平気で嘘をつく、だます、言を変える。責任を逃れる‥「あんたがた、教育を語る資格、あんの!?」と驚くようなことばかりでした。横浜市の半分近くの区域で採用されたそうですが「ああいう大人の作った教科書を子供に渡すのは、一番教育に悪いんじゃネーノ?」と思っています。

「日本人として!道徳教育の必要性を!」なんて講演で、日の丸バックに声張り上げている人たちの素顔があれじゃ、この国も腐るばかりですね。

 こんなところに長居してたら、こっちまで腐る、と思って、その製作プロジェクトからは早々に退散しましたけど、学者だ、小説家だ、評論家だ、と胸を反らせても、すること、言う事が生々しくて、愛嬌のカケラも無いのは、江戸っ子流からみれば、「野暮の極み」。

 「やる事に愛嬌が無い」というのは「野暮」の中でも最低ランクです。

わが町、御江戸日本橋は、いまでこそ完全なオフィス街になっていますが、それでも、あの街に行くと、「すっきり」歩きたくなります。「野暮はご法度」の町内ですから‥(「町内」はチョーネー、と読んでくださいね)

すっきり歩くには、まず背骨を伸ばすように歩く+腰骨を水平移動するように歩く、がコツです。そうすると歩き姿が何がしか「凛」と見えます。それが御江戸日本橋の「正しい歩き方」です。
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江戸っ子流(1) 

江戸時代は職人、維新以後は商人(あきんど)の家ですが、育ったのが、関東大震災まで魚河岸もあった日本橋の界隈ですから、もとより威勢のよい、という以上に、気の荒い土地柄。小学校は私たちの卒業を最後に「お上よりの御取り潰し」となった「日本橋城東小学校」ですが、僅かな同級生が集まれば、今でも還暦のおじさん、おばさんが早口でまくし立て、巻き舌で喋ります。

大体、「二本差しが怖くて目刺しが食えるけぇー」と侍を何とも思わない土地柄でしたから、抑圧には反射的にムカっと来る、押し付けられるのが大嫌い、高慢嫌い、したり顔嫌い、大言壮語嫌い、実力主義尊重、が、あのあたりの土着民には共通しています。

だから、国家主義、全体主義、原理主義の臭いがするものが大嫌い。そういうのはみんな「野暮」の一言で片付けてしまう。さらっと、「粋に」「洒落て」生きるというのが、当たり前の美学で、あの辺では子供たちも自然そういう価値観で育ったように思います。

大体、校舎の屋上から皇居の緑が見えていましたから、皇室には親近感があるが、国家主義は反吐が出るほど受け付けません。そのあたりが、やっぱり、実力主義、現実主義で生きてきた江戸下町の気風なんでしょう。

加えて、散財型ですね。「宵越しの銭が持てない」これは本当。同級生でも、自分の代で家の財産を増やした、などという恥知らずは、先ず、居ないでしょうね。

「江戸っ子の 生まれそこない 金を貯め」という川柳があります。まさに川柳の名品。

我が家も伝統的に株だとか、債券だとかに手を出さない。そんなものを買う前にみんな遣っちまう。「金がどこかで知らない間に金を生んで、連れてくる」なんていうのは全く信じていない。そういう不労所得に期待をする、というのが、そもそも「野暮」なのですから、「粋に生きよう」と思ったら、財産は増えるわけがありません。

まあ、その散在の筆頭が、同級生では何を隠そう、私でしょう。先祖が築いた財を一代の汽車遊びで綺麗に散じたわけで、道楽もそこまでいけば、吾ながらあっぱれ、と満足しています。

もっともこの話は先年死んだ父が、私の家内や息子に吹き込んだもので、実態は、2/3を親爺が普請道楽と人づきあい道楽で散じたのを、先手をとって、私の所為、と情報操作した、というのが私の見解です。

テレビや週刊誌が私の鉄道模型を取材に来ると、必ず訊きます。「いままで、これにいくらぐらい遣ったンですか?」
 決まって、こう答えます。「いくら遣ったか、なんて覚えているうちは、まだ、道楽とはいえないんですよ。」
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